特定非営利活動法人ジェン(JEN)木山啓子さん

 木山さん、そして、JENには、地球規模の社会課題の解決に取り組む者の腹構えを教えてくれたと感謝している。

 民族浄化などという言葉が世界中に広まったナ紛争の地ボスニア・ヘルツェゴビナ、そして、クロアチア、アフリカで国の分裂が噂されていたスーダン、大地震災害を受けたハイチ、そして、パレスチナ難民問題のヨルダンなど、映像取材では、かなりお世話になった。JENの危機管理のノウハウと木山さんの冷静な判断と行動力がなかったら、どの国でも、まともに取材はできなかったと思う。

右端の女性が、木山啓子さん

 現在の南スーダンでの取材のことだ。朝、車に乗り込んでいた私は、機材チェックも含めて、車窓から市街地に向けてカメラを構えていた。1~2分程、スラム街を撮影していたら、突然、サイレンが鳴りだし、車の眼の前に、黒い車が飛び込んできた。まるで、TV番組「西部警察」のオープニングが始まったようだった。

 「捕まった」、と思うとともに、妙な安心感があった。木山さんが妙に落ち着いていて、にっこり笑い、そして、きりっとした顔に戻ったからだ。私は、「木山さんがいれば、殺されることはないだろう」と思った。しかし、次の不安も湧き出してくる。「何年、刑務所に入れられるかな?」。その不安から逃れるように、私は、連行される車の中で、次の安心を見つけ出していた。

 それは、今朝、テープを新品に交換してきたことを思いだしたからだ。これが、昨日まで取材した貴重な映像が記録されていたテープだったら、どうしていただろう。

 私たちの助手の時代は、「いのちより取材フイルムが大事」という考えがあった。職人気質の時代だ。先輩カメラマンに訊くと、「昔は撮影カメラ専用の車が手配されていた」という時代もあったという。「市街地の撮影は、また、行えば良い」。そうした、私のカメラマン気質が、その場の私を落ち着けさせていた。

 結局、いろいろ尋問されて、3時間くらい拘束されたのち、責任者に撮影をした映像をファインダー越しに観てもらい、テープを提出して解放された。そこには、木山さんの、いつもの、「にっこり笑い」があった。また、木山さんに助けてもらったと、私も、笑いながら頭を下げた。きっと、3時間の間に、木山さんは、いろいろな働きをしてくれたに違いない、迷惑を、またかけてしまった、と思ったからだ。「これで、何度目だろう」

 確かに、社会課題解決のためには、情熱や行動力が必要だと考える。でも、それを遂行するとなると、冷静な判断力が求められると思う。ぞのためには、徹底した現地の情報収集が必要だ。他の国ではこうだから、という理屈は通らない。また、日々、情報は変化する。国連発表のブリーフィングによる情報では、同じ場所に行くルートさえも、刻一刻と変わるのだ。何故なら、「昨日、そのルートで、NGOスタッフが襲撃された」という情報が流れて来るから。だから、他の機関や団体との密な連携が重要となる。そこには、コミュニケーション力が求められる。また、ICTスキルも必要だ。ハイチの取材を進めていた時、村に入っているフランス人の青年に会うことができた。彼は、動きのなかで常にPC画面をのぞき込んでいる。私が、「何を見ているの?」と尋ねると、彼は、「この村の周辺の今の情報だ。私の判断の基準は、このPCの中にある」と笑った。そして、「このPCでひとつで、世界中の災害地に行っている」とも応える。私は、その時、経済学者などの多くの肩書をもつフランスのジャック・アタリが「2030年時代には、デジタルノマド(遊牧民)の時代になる」と書かれた本「21世紀の歴史ー未来の人類から見た世界ー」Amazonを読んだことを思い出した。

 40年以上、世界中でさまざまな社会課題解決に向けてボランティアをする人を取材してきた。社会が変化し、その社会課題も変化し、それに取り組みを可能とするスキルも変化する。そして、携わる人たちの気質や能力も変化している。その変化を、取材を通して肌で感じてきた。社会課題解決を基準にすると、情熱や行動力は必要と考えるが、でも、それだけでは、どうなのか、ということを木山さんとの出会いから教わった。そして、本当に必要な能力は、「縁によって変わることができる」と「多数のアバターを内在させることが出来る」ことではないかと思っている。

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