この本では、「陰騭録」は、運命と立命の学問であると示されている。「われわれはなんとしてでも、今起こっている事象を運命的に放置しないで、成り行きのままにまかせないで、立命しなければならない、創造しなければならない」。「陰騭録」は、「その立命と創造の仕方を細々とわれわれに教えてくれている」と語る。
「陰騭録」の著者袁了凡は、明代、呉江の人、嘉靖年間から萬暦年間を生き、74歳で亡くなった。代々学者の家に生まれ、初め医を学んだが、孔という不思議な良仁に出会い、その予言に従って科挙に志した。その後、彼の一身上に起こったことがことごとく、孔老人のいうとおりになったので、彼は徹底した宿命論者になった。後、北京に出て、棲霞山中に雲谷禅師を訪ね、その立命の説に強く感動し、禅師の教えに従って、徳性を充拡し、善事を力行し、多くの陰徳を積んだところ、孔の予言は段々と当たらなくなり、科挙に及第し、53歳で死ぬと言われたのに74歳まで生き、子に恵まれないと予言されたのに、一子天啓を設けることができた。この天啓のために自分の体験を書き留めたのが「陰騭録」である。
本書「あとがき」より 関西師友教会事務局長 河西善三郎
雲谷禅師が説いた「立命の説」とは、「本当の運命とは、我より立つる、立命でなければならぬ」ということである。つまり、「運命とは常に変化するもの」「一切の福は努力によって得られる」ということだ。それに受け止めるためには「善行」を重ね、良い因縁を創り出していくしかないと示している。
「善行の大略十類」
1.人のために善を為す。
2.愛敬で心を養う。
3.人の美を成す。
4.人にすすめて善を為さしめる。
5.人の危機を救う。
6.大利なることを興し建てる。
7.財を捨てて施をする。
8.正しい法を護持する。
9.自分より身分の高い、年齢の長じた人を尊敬する。
10.物の命を愛惜する。
本書第3章「積善」より
この本の最後には、「現代は善因善果・悪因悪果という因果応報思想は古い考えとして、捨てて省みられないようであるが、単なる勧善懲悪思想としてではなく、自己を越えた絶対者の意思を畏れ自己の行動を慎しむという陰騭思想は、現代にも一層尊重に価する大切な思想であると思う」と締めくくられている。
「自己を越えた絶対者の意思を畏れ自己の行動を慎む」。この東洋哲学が私のこころにピタッとくるのだ。