ひとりの人間の真摯な仕事は、おもいがけない遠いところで、小さな小さな渦巻きをつくる」
NHK「映像の世紀バタフライエフェクト」プロデューサー寺園慎一氏の記事より「萩木のり子詩『小さな渦巻』
私の大好きなNHK番組「映像の世紀バタフライエフェクト」。この番組を観た時の衝撃は忘れられない。全て映像ライブラリーの素材のみで番組を製作している。その、圧倒的な企画力と共に製作力を眼の前にした時、私は、涙が零れたことを思い出す。
私は、映像製作に携わっていた。
その番組構成の段階で、映像素材を撮る、またはライブラリーから探す作業が如何に困難を伴うか。そのために、自分が創りたいと願っても、構成を諦めたり、企画そのものを断念したことの悔しさは、自分の未熟さと共に後悔の念を湧き起こさせるのである。番組を観た時に涙が零れ落ちたのは、番組に感動とした共に、当時の悔しを思い出してのことかもしれない。
そうした私の思いは、台湾の慈済基金会(財団法人)のメディアセンターとの映像ライブラリーとの連携協定を結ぶことを願ったことにも繋がる。慈済基金会が運営するTV局は、2005年当時で、16基の衛星を使っての世界同時放送を行っていた。そのモニターに映し出される番組を観た時、その映像ライブラリーの豊富さに驚いたものである。世界のあらゆる歴史や現代ニュース、そして、環境問題や紛争、貧困、災害などの映像が、あますことなく活かされているのである。慈済基金会の根底は宗教団体であるが、TV局は、公共放送としての地位を確保している。それが、世界中のTV局との協定を可能とし、その保有する映像エイブラリーを使用する権利を持っていたのである。
私の連携協定の願いは、簡単に消え去ってしまった。私の組織と慈済基金会が使用できる映像ライブラリーの価値と量がが違いすぎて、私には協定のメリットはあったのだが、慈済基金会のTV局には、何のメリットも無いのは明かだったからである。
この慈済基金会の創始者は釈証巌法師といって、女性である。「慈済功徳会」として1966年に設立されている。
「慈済」の由来は、「慈悲為懐、済世救人(慈悲を抱き、世を助け人を救う)」である。慈済功徳会の設立のキッカケの話を、関係者に聞いたことがある。それは、片道歩いて6時間もかけて妊婦が病院に来たが、お金が無いということで、診てもらえず帰された話である。妊婦は出血しており、夫をはじめとした村の人々が戸板に乗せて必死の思いで来たのにも関わらず、手当てを拒否されたのである。それは、お金の問題もあるが、来た村の人々が原住民であったとの差別からくるものであったそうである。その時の妊婦の絶望と村の人々の怒りは如何ほどであったかと思うと、胸が張り裂けそうになったことを覚えている。部屋の床には、おびただしい量の血だけが残されていたという。その話を聞いた釈証巌法師が、嘆き悲しみ、「台湾人や原住民の隔てなく医療が受けられる病院を創ろう」と願ったのが、現在の慈済基金会に繋がっていくのである。その彼女が日本に来て手にした日本人が著した本に感動し、書かれていた考えを基に初期の慈済功徳会を創ったというのであるから、その話は、少なからずも日本人としての誇りをくすぐられた思いだった。
慈済基金会は、私が訪ねた時には、台湾に大規模な病院を6つもち、大規模災害の緊急支援組織やTV局(メディアセンター)、リサイクル工場など大規模な活動を展開するに至っている。驚くことに、その運営は、ほとんどの人が在家(宗教団体の職員ではない一般社会で働いている人)の方がボランティアで行っていて、その活動を担っているのが、主に一般の主婦なのである。その主婦たちのわずかな小銭の寄付とわずかな時間のボランティアによって慈済基金会の活動は支えられている。今や、慈済基金会は世界で有数な平和構築団体である。主婦と世界平和を繋いだ慈済基金会の考え方は、本当に素晴らしいと考えている。
こんなエピソードを聞かせていただいた。それは、アジアのある国で災害が起こり、その緊急支援のための飛行機を手配した時、ある国の民間航空会社が無償でチャーター機を提供してくれたという。また、ある台湾のコンピーター会社は、慈済基金会の活動に感銘し、なんと1兆円規模の寄付をしたという。はじめ、その話を聞いた時には、「嘘~」と思ったが、慈済基金会の思想や活動を視ると、「本当だ」と考えが直したものである。日本でも、社会課題や世界貢献をしていNGO団体にも、こうした企業との大規模な連携が起ることを私は願っているのだ。もちろん主婦の小さな貢献の積み重ねも大切にしていきたい。何より、釈証巌法師そのものが「バタフライエフェクト」の具現者だということをしっかりとこころに刻みたい。
「ひとりの人間の真摯な仕事は、おもいもかけない遠いところで小さなちいさな渦巻きをつくる」。
「100匹目の猿現象」などの例えや「相転移」の現象なども通じる考え方だと思っている。「バタフライエフェクト」は、もしかしたら、この宇宙を創成した神の、私たち人間へのプレゼントなのだと思っている。
NHK「映像の世紀」。そのテーマ曲は、加古 隆さんの「パリは燃えているか」である。その曲は聴くと、本当に、映像製作の道を選んで良かったと思わせてくれる。私の心が燃えるのだ。