「文化人類学入門」

 どうしても行きたかった...。私の知人である大竹悠介さんが拠点にしている「SATURDAY BOOKS」で読書会が行われるとFBで知って、直ぐ、参加をこころに決めた。しかし、3月の東京出張の行程がなかなか決定せず、申込をぎりぎりまで伸ばしてしまったのである。ようやく参加のめどが立ったのが読書会開催日の何日か前。店の広さからくる人数制限があって、もう、入れないかもしれないという弱気な私は、大竹さんにメッセージを送った。返事には、「すっかりご無沙汰しております。参加をお待ちしております。嬉しいです」とあり、ホッとした。そして、当日の課題図書である「文化人類学入門」のページをめくり始めることが出来たのである。

 東京の西所沢駅から、徒歩3分くらいのところに、その「SATUDAY BOOKS」はある。大竹さんが立ち上げる際のクラウド・ファンディングに参加して、初めて訪れたのが4年前。大竹さんらしい爽やかな拠点だと感じていた。時間は立っても、その雰囲気が残っているのが嬉しい。

 この日、早めに訪ねたのには訳があった。家主が倉庫代わりに使っていた隣の狭い部屋に、新しい住人が拠点を構えたと大竹さんから前に知らされていた。どんな人が、どんな空間を創りあげたのか、会ってみたい。興味津々だったからである。

 訪ねると、鮮やかに倉庫が変身していた。「シン設計室」という名前のキュートな空間である。続きで2間ある部屋の1つは「シン設計室」。高橋真理奈さんの仕事場である。その部屋の突き当りが図書空間になっている。高橋さんとの挨拶はそこそこにして、私は、その部屋の本棚を観てみた。私は、その人の本棚に並べてある本を視ると、だいたいその人の個性が分かるとの考えを持っている。その本棚に「神々の沈黙」ウンベルト・エコー原作「薔薇の名前」があった。嬉しい。私は、個人の本棚に「薔薇の名前」が並べてあるのを初めて見た。いっきに高橋さんと話したくなったのである。

 「はじめて見ましたよ」と、その感想を素直に伝えた。高橋さんは戸惑った表情を見せていたが、私は、ション・コネリー主演の映画があって、その映画のロケ地であるオーストリア・ウイーン郊外の教会にも映像取材で行ったことがあると、一気に喋りだした。原作では、確か北イタリヤの修道院が物語の舞台である。私は、まさか、アフリカのモロッコでの取材からオーストリアへ取材に行った教会が、「薔薇の名前」の撮影現場だと知って驚いた。知った瞬間に教会の外に飛び出し、教会の外景を写真に撮りまくった。夕景に染まる時間帯であったが、それがまた良い。物語が語られた1327年の時代にタイムスリップしたような感じを受けたのである。夕暮れ時ってトワイライトゾーンというが、「昼」でも「夜」でもない曖昧な時間帯が、私を不可思議な世界へ連れ去ってくれるようで、妙に興奮したのを覚えている。

 私の、「どんな設計をしているの」との問いに、高橋さんは、つい最近、公共トイレの設計をし、そのトイレのポストカードを見せてくれた。私が、興味をもったのは、そのキッカケだった。シン図書館のクラウドファンディング経由で知り合った水道工事事業者からの依頼が発端なのである。私は、その「たまたま」が大好きである。多くの人の出会いを重ね、対話を紡いできたが、多くの人は、私に、人生には「たまたま」があることを教えてくれた。「たまたま」は、人生のトワイライトゾーンであると確信している。「曖昧な時間帯」が、人生には必要だと感じている。高橋さん、大竹さんの出会いも「たまたま」なのである。だから不可思議なのだ。

 「読書会」は、狭い部屋を一杯にして進められた。「SATUDAY BOOKS」は知っていても「読書会」に参加するのは初めての方が何人かいた。「文化人類学入門」を読んだ感想を1人り5分で発表し、その後2分間での質疑応答など。なるほど、こうして読書会を進めるんだと感心した。一人ひとりの感想を聴くといううのは、まさしく、「文化人類学」が取り組む民族の多様性の視点を、同じ日本人で、わずかな人数でも表していることに感動した。一人ひとりが違って当たり前なのだ。単一民族だと思い込んでいる日本人の教育には、「文化人類学」を導入した方が良いとの関心をもった。

 何時か、この本を「ミネルバの梟」でご案内したいと思う。もう暫く時間をいただいて、「文化人類学」を学んでみたいと考えている。

 私の発表の番になった。「私は、多様性ということを認めていくことは大事だと考えます。しかし、その反面、一致という視点も大事にしなくてはならないと思います」と述べた。多様性のなかから一致点を見出す力。そして、両面から新たな価値観を生み出していく創発的な力が、今、必要だと考えている。私が唱えている「二つで一つ、二つで三つ」の哲学である。仏教でいうと、「平等相・差別相・中道」の考え方である。私は、日頃の自分の考えを語りながら、その想いに強い確信を覚えた。「そうだ。二つで三つ。そして、中道」の思想を伝えていくことが、私の役割なんだと思ったのである。

 「SATUDAY BOOKS」での午前中の時間帯は、私にとっては、トワイライトゾーンであった。