「せり鍋」が、宮城県仙台市での名物なんて、高校まで仙台に住んでいた自分は全然知らなかった。第一に、「せり」という野菜?が、私の眼の前の食卓に並べられたことなどないのだ。あったとしても記憶の片隅にもないのだから、初めて食べることになる。
この日、おやじの年回忌ご供養の後、参列してくれた身近な知人と共に、初めて居酒屋「侘び助」の暖簾をくぐった。通された席は、唯一の個室。個室と言っても仕切りが無い狭い場所と言う感じだ。しかし、この席を予約するのは大変らしい。「初めてだけど、行きたい」と願っていた姉の行動力には感服する。
「侘び助」は、「鴨出汁せり鍋」発祥の地として、その存在感を見せている。「発祥の地」の冠は、数多くの著名人を招きいれていると女将である山田美緒子さんが紹介してくれた。その女将が続けて、「この前、歌手の福山雅治さんが座った席ですよ」とマスク越しの笑いで、私の眼の前の席を案内してくれた。4~5人しか座れない個室だったが、その時は、思わず大きな拍手と「オーッ」という声が部屋に響き渡り、その席に座っていた知人の照れながら誇らしげな表情をしているのが面白かった。私は、席を譲ったことを後悔していたが……。後日、宮城県出身の漫才コンビ「サンドイッチマン」や「マツコ・デラックス」のTV収録番組で、「侘び助」がスタジオになっているのを観たことがある。
当日、呑み放題も食べ放題も、そして、落語も十分に堪能した。そのなかで、私は、「これはありだな」と考えていた。
まずは、「場」の使い方である。居酒屋という固定した「場」の使い方と共に「寄席」という「場」にも変身できる「空間」の使い方は、多様な業種や願いに合わせたコラボレーションを可能とすると感じた。ましてや、その「場」は、TV収録番組のスタジオにも変換できるのだ。私の知人の寺の住職は、お寺で新人落語家の寄席を開催している。
次に、その「場」を何を目的として使うかとの考え方だ。居酒屋の「場」を、女将の願いである「学生支援」という名目で使おうとすると「寄席」に辿り着いたということだ。さまざな「場」も何を目的に使うかとなると、さまざまなアイデアがあると思うが、限られた「空間」と「居酒屋」という特徴を掛け合わせて、学生支援という目的をプラスすると「寄席」、そして、大学での「落語研究会(落研)」というイコールの答えがでてきた。はやり、掛け合わせやプラスは、最低3つの要件があると良いと思うのだ。「寄席」では、その演目が終了するごとに、おひねり(投げ銭)の籠が会場をまわる。これも学生支援にあてられる。落語の演じる場と金銭的な支援。掛け合わせは、つぎつぎとアイデアを生み出していっている。
そして、「繋がり」という考え方だ。この「寄席」に参加できるのは、誰でもではない。まず、居酒屋「侘び助」の客で、山田女将のお気に入りの人が優先される。「寄席」開催案内が、私的メールアドレスに限定配信されるのだ。次に、出演する学生の仲間たち。私が参加した日は、およそ20人だった。まぁ~、70代過ぎの人から20代の人。まんべんなく混ざりあっている。これがまた良い。この限定メンバーに姉が入っているのが凄いと思った。「いつの間に?」との思いだ。そして「どうやって?」。その姉の姿に、物事を成就されるには、ネットワーク力と共にコミュニケーション力が大きな要素だとつくづく実感させられた。
とにかく、愉しかった。落語で笑い、会話でワクワクした。そして、その物語の背景にズキズキした。(笑)
この「侘び助」に、有名人がくるのは「せり鍋発祥の地」という冠がそうさせていたのだと考えていたが、そうではないと思い直した。こうした掛け合わせの発想の在り方を実証している女将に、きっと多くの人が引き寄せられているのだと考え直した。また、来たいと思わせる居酒屋の「寄席」だったのだ。