「あっぱれめん」伊東徹也さん

 出会いとは不思議である。これからの人生の中で、「あの時は、会うべきして会ったという出会いでしたよねっ」と言っていそうなくらい、私にとっては面白い出会いであった。

 中部国際空港を今まさに東北方面に向かって離陸しようとしていた飛行機の窓側の席に、その人は、「すいません」といって、通路側の席の私の前を横切って座った。私は、「いいえ」と言ったまま、開いていた本のページに眼を落していた。

 私がその時に読んでいた本は、日高敏隆さんの「人間はどこまで動物か」だった。

 ス~とっ、身体が動く感じがして、「離陸だっ」と思った私は、窓からの景色に眼を移していた。とっ、窓側の席の人が本を開いているのに気がついた。今時、電車の中で本を開いている人などほとんど見かけない中、本を見ているというだけで、その人に注目してしまったのである。その姿が新鮮だったのか、同類相哀れむなのかは分からないが、じっと視線を向けたままにしてしまった。

 本は、単行本である。グリーン系の色をした表紙が、まず、眼に飛び込んできた。「かなり、読み込んでいるな」が、私の最初の感想である。よく見ると、表紙が少し薄汚れている。左手の指先には、何かしらのペンが挟まれており、頷きながらペンをページの上で踊らせているのに眼が止まった。「よほど大事にしている本なんだな」という思いと共に「何という本だろう」という感情が、むくむくと沸き上がり、その思いを鎮めることができなくなっていた。

 「話しかけたら迷惑がられるかな?」「でも、本のタイトルが知りたい!」というこころが逡巡して、わずかな時の間思考がざわついている。とっ、「これも自分試しや」と思った瞬間には、「何の本を読んでるんですかっ」と声をかけ、続けざまに「何故、声をかけたのか」を説明している自分に、わずかな誇りを感じていた。

 その本を読んでいたのが、伊東徹也さんである。

 本のタイトルは「チャンス」。あとで知ったが、犬飼ターボさんの著作である。作者についてはインターネットで調べたが、私の検索が未熟なのか、まだ、情報にあたったことが無い。

チャンス (PHP文庫 い 68-1)

 さて、飛行機がある地方空港に着き、出口のフロワーにでると、伊東さんが、恐縮したような感じで声をかけてきた。「どちらまで行きますか?」。私は、飛行場から電車で何駅目かの町の名前を答えると、「私も同じです。駐車場に車を停めてありますから、車で送りますよ」と、「車を持ってくるのは直ぐですから」と声を出すのと同時に駆け足で駐車場に向かっていた。私は、遠慮しようと一瞬思ったのだが、出会いの不思議さが、「はいっ」という言葉を引っ張り出していた。

 車の中。伊東さんは、組織改善を主なコンサルタントの仕事を経て、人材派遣会社の営業で仙台に縁があり、仙台での現在の仕事に辿り着いた物語を私に聞かせてくれた。

 現在、伊東さんは独立し、グルテンフリーの麺をネット通販を中心に行っている。そのきっかけが、私のこころをキュッと掴んだ。私が糖尿病だから、グルテンフリーの言葉に惹かれたのではない。そのグルテンフリー麺をつくるまでのいきさつの話を聞いた時、これは運命の出会いだと思ったからなのである。

 コンサルタントの仕事先で、重度の障がい者作業所に関わる。パンを作るその作業所を維持するための厳しさに、こころを痛めたことが物語の始まりである。この障がい者施設とのかかわりが、私のこころを離さずにはいなかった。

 伊東さんは、収益改善ために米粉を使ったシュークリームを作ることを提案。重度の障がいを持つ作業所の皆がシュークリームを一生懸命作る姿を見ているうちに、障がい者に収益が安定して得られるような仕事を自分で創り出していきたいという思いが募ってきた。そして、ついには米粉に海のスーパーフードと呼ばれるアカモクという海藻を練り込んだ、グルテンフリーの麺「あっぱれめん」を独自で開発したのだ。これが売りとなる。

 まず、「あっぱれめん」の販売のために会社を立ち上げ、ネット通販、店舗での販売、そして、普及と販売路拡大のための料理研究家とのコラボレーションなど、さまざまな活路にチャレンジしている現在である。二度目に会った時には、将来は、米粉と地場産をメインとした飲食店を開店させることが夢だと語っていた。特に、ゆで時間2分でグルテンフリーの、麺にかける地元生産の「PASTA SAUCE」や無添加地場産品は、インバウンドの活性化するする外国人への食メニューとして最適だと、その販路拡大に夢を抱いている。なぜ、そこまでの販売拡大を夢見ているのか。それは、作業所施設で働く重度の障がい者が、安定した保証を受けられるためには、ある一定程度の個数が売れなければならないからである。

 素晴らしい!

 私は、令和6年3月15日にオープンした共同経営の店舗で伊東さんにお会いした。宮城県仙台駅西口から歩いて10分ほどの住宅街のアパートの1階に、こじゃれた感じの店が集まる場があった。その場は「木香テラス」と呼ばれ、「MEGURU」をキーワードに店舗とギャラリースペースが並んでいる。「喫茶meguru」「お惣菜meguru」「ギャラリーmeguru」、そして、伊東さんを含めて4人で共同運営している「シェアショップmeguru」である。今後、パン屋をはじめ装飾関係の店がめぐってくることになっていることのこと。新しい地域文化が創発されることに、私のこころはワクワクしていた。

 「meguru」は、なんて素敵な物語の言葉なんだろう。今度、使わせいただこうと、ふと考えた。

 私は、何をするにしても「物語」が必要であると語ってきた。物語には、人のこころを離さないものがある。私のbiotopeoneサイトの「縁を編む」でも述べているが、ジョゼフ・キャンベルが「千の顔をもつ英雄」で語っているように、神話の世界から続く物語の構成である「出発」「試練」「帰還」といった基本的な筋に、どういった登場人物や場を設定するか。そして、その時その時の主人公の気持ちは、どう逡巡するのか。書き始めたらキリがないくらい物語はカオスだけど、そこに何かが付加されると規則正しい世界が顕れる世界なのでと思っている。

 伊東さんの物語も、まだ、序章である。これからどんな「試練」があるか。私には、どんな「試練」もあった方が良いと思っている。その「試練」が伊東さんの眼の前にあらわれた時、伊東さんの思いは、どう逡巡するか。物語のラストに導く伏線は、もう、始まっていると思っているのだ。何故なら、この物語は、「人のために」というテーマから始まっているから、必ず「試練」があると私は勝手に決めている。そして、自分のためではなく「人のために」と本当になった時、どんな「試練」も乗り越えられて、新しい次元の人生を切りひらくことになることを、古今の「物語」は伝えているからなのだ。