「にほんとニッポン」松岡正剛

 松岡正剛先生、お得意の内容だ。とにかく凄い。人間コンピュータと言われるだけあるが、どうして、次から次へと情報が顕れて来るのか、その脳みそをかき分けて、覗き込みたい衝動に駆られる。毎回、松岡正剛先生の本の読書後の心内である。私など、本の概要さえつかむのにさえ覚束ないのに、年代や人物名、そして、前後の因果関係や横・斜めを行き来する芸能と思考の横断、それが、日本を中心としたアジア圏内だけではなく、世界の動向とも繋がっていくのだから、「おそれ入谷やの鬼子母神」と言いたい悔しさがある。

 ここが松岡正剛先生の凄さだと思っている。とにかく、情報が、縦・横・斜め、いや、因陀羅網的に内包し合い、映し合っているのだから、敵わないのは当たり前である。情報のつなぎ方や映し合い方が上手いのである。これを学びたくて、「ISIS編集学校」に飛び込んだが、己の非力さで、最後の世界読書奥議義に足を踏み入れることさえもできなかった。

 でも、読書の大切さや楽し方は、自分勝手の想いであると自覚しているが、人並以上には身についたと思っている。ある時、先輩から、「俺は、1年間に100冊は本を読んでいる」との、挑発的な自慢話を聞かされた。「よし、俺は、1日一冊。1年間で365冊読んでやる」と、妙に粋がったのを思い出す。さて、それからは、時間があれば本を広げ、休みの時は、新書本を3冊読んだこともあるくらい、読むことにのめり込んだのである。最後は、雑誌迄をも1冊と数えたが、何とか達成したことを誇らしく思っている。

 その後に残ったのは、本の山。妻に「あなたが亡くなったらBooKOFFに絶対売ってやる!」と言わせてしまう原因だけが、そこにある感じである。頭脳に残っているのは、「確か、読んだかな?」という淡い記憶くらいだ。何せ、同じ本を、また、購入してしまう始末だからである。松岡正剛先生のようにはいかない。しかし、物事を因果関係の視点で、何が過去で、現在で、そして未来なのか、を観ていくくらいのことは、少し思考づいたかなと思っている。

 膨大な情報が詰まっているこの本のなかで、今回は、以下の語りが「トワイライト的」に頭脳と心に残った。少し長くなるが引用したい。

池波正太郎は、1980年代の日本を「ほとんど魂を失った廃墟だ」というふうに言っている。もうひとつ、池波が昔日の町にあったけれども、いまはなくなっているあることを指摘している。それは「融通」だ。

(中略)

いったい日本は「若者」を許容してどうするつもりだったのか。そいう若者を誇りにできたならともかく、親はおずおずとし、教師はびくびくとして、テレビは媚を提供しつづけるのだ。それで何がおこったかといえば、一億総自信喪失だ。そこを池波正太郎は、鬼平ふうにこう書いている。

「大人の世界が充実しない世の中が、子供の不幸を生むのは当然なのである」。

そして、こんなふうにも付け加えた。

「こんなわびしい大人たちの真似を子供はしたがらない。その子供と若者を相手にした風俗が氾濫することになり、男だか女だかわからない若者が登場して、家の中で老人が死んでいくのも見ないようになったから、簡単に首を吊ったり屋上から飛び降りたりするわけなのである」と。

「にっほんとニッポン」日本人の世界地図より

 

難問はあくまでも、日本には小国思想がなぜ生まれなかったのかということなのである。それを暗示的に言っておけば、日本がおかしくなるときは、結局「取り合わせ」の方法や「数寄の方法」を見失ったときなのである。ひたすら海外のサイズをそのまま呑みこもうといているときなのだ。そのままにロールとルーツとツールをまるごと鵜呑みしようとしているときなのだ。これはいまならば「グローバリズムの陥穽(かんせい)」とも片付けられようが、この言い方だけでは説明になるまい。外からのものを受容していること自体が、問題なのではない。そんなことは古代このかたやってきたことなのだ。そうではなく、それらを”編集”をしなかったときが問題なのである。内外の文物や制度や思想を取り交ぜ、組み合わせ、数寄のフィルターをかけなかったことが問題なのだ。

「にっぽんとニッポン」軍事の、経済の、生活の大国より

 松岡正剛先生が一貫して語ってきたことだ。だから「編集力」なのである。100年後、その時の人々は、今の日本をどう想うのか。その時、もし松岡正剛先生がいたら、何を語るのか。全てが、因縁果報の真理通りになるのだから、今の自分の志はどうなのかを問うていきたい。未来の責任は、私にあると確信している。

 知人から教わったこと。「これからの時代は、資本主義ではなく、志本主義が大切である」